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トップ > 東京テクテク街歩る記 > 第12回 神田久衛門町 |
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2009年6月7日、神田川歩る記の続きとして今回は秋葉原昌平橋から浅草橋、そして隅田川まで歩いてみました。 ずっと雨続きだったのですが、本日は晴天となりました。朝9時30分、秋葉原・昌平橋交差点到着、近くのコインパークにクルマを停めて出発です。 昌平橋から神田川を眺めると、左側には半円アーチが続くレンガ造りの倉庫のような建物がが並んでいます。良い雰囲気があります。 明治49年開業の甲武鉄道の高架線の遺物で、その後は万世橋駅として昭和18年まで使われていたものとのこと。その袂には交通博物館があります。 小学6年生の頃、鉄道クラブを仲間と作り都電20系統に乗って駕籠町から終点の須田町まで乗り、交通博物館に来たことが思い出されます。 |
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2006年5月14日に閉館、現在は、自宅工房のすぐ近くの埼玉さいたま市に移転しています。 5分も歩くとすぐに万世橋です。 万世橋は石造りであり重厚で欄干も豪華です。日本最初の石橋ということです。 さらに神田川に沿ってテクテク歩いていくと、昭和通り(国道4号線 日光街道・奥州街道)が神田川をまたぐ和泉橋です。 河の色はだいぶ濁っており、今まで歩いてきた神田川のようではありません。通りがかった若いサラリーマンの二人連れが 「汚ったねぇ河だなぁ」と言いながらがら通り過ぎました。笑 |
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| さらにテクテクと歩きます。美倉橋。 そしていよいよ左衛門橋。 ここが旧、神田久衛門町。漆刷毛師泉清吉の仕事場があったところです。泉清吉は伊達仙台藩士で、当初、現在の港区汐留付近にあった仙台藩江戸屋敷付近に住んでいたとのこと。 (その為、墓所が港区三田にあるわけです。) 刀を捨て漆刷毛師になってからは、八丁堀で開業、そしてここ神田久衛門町に仕事場を移し、上野根岸にあった自宅より通っていました。 ここ左衛門橋に立ち、旧住所の説明板を呼んでいると、良くも悪くも「江戸っ子神田の生まれよ!」そのものだった祖父や父親のことが思い出されます。 |
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いよいよ浅草橋。奥州街道の、江戸への出入り口としてとても重要な橋であります。 潮の香りがする神田川を見ると、屋形船が連なって停泊しています。 次は、神田川最後の橋、柳橋です。ここから隅田川に流れ込んでいくのです。本当に橋の袂に柳がありました。 柳橋には、正岡子規の 春の夜や 女見返る 柳橋 の句を刻んだ碑がありました。 |
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さすが隅田川は大川というだけあり、歩いてきた神田川に比べて大きな川です。 そして右手には、両国橋。 隅田川沿いを歩いてJR両国駅に行きます。 ここから中央線に乗り浅草橋を通って秋葉原に向かいます。 そこから東京メトロ日比谷線で仲御徒町に行き、銀座線に乗り換え日本橋三越前まで。 |
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三越7階、「日本伝統工芸 木竹展」を見学することにします。わたくしの漆刷毛、大極上本通し厚口2寸を20年以上使ってくれている香川県の古家さんの作品は入口正面にありました。 「栃拭漆盆」。艶と深みのある色合い、杢も良い見事な作品でした。 再び東京メトロで秋葉原に戻り、にぎやかな中央通りを歩いている内に暑くなり、半袖シャツを脱ぎTシャツ1枚で歩きました。 ちょっと冷たい物でも飲んで行きましょう。 |
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中央通りから神田明神側に1本入った通りにある、いつも立ち寄る「PLACE」に入りました。ジャズが流れタバコの煙。となりの席にはオタクのオフ会らしき人達が。笑 レモンスカッシュ 580円 とバニラアイス 600円。とてもおいしくいただきました〜♪ ここから最初のコインパークまでは2−3分です。 |
| 時計は11時30分。全部回って2時間のテクテク歩きでした。今日は天気も快晴、青い空には白い曇がポツンとあるばかり。とても気分の良い東京テクテク街歩る記となりました。今回で「神田川」 を中野から隅田川まで歩きました。ひとまず今回で終了として、次回からは「都電荒川線」沿線を歩きたいと思います。 |
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